未来は何一つ決まっていない

未来は何一つ決まっていません。

未来を作る力を持っているのは、今を生きている私たちです。
今を生きている私たちが、どう選択し、どうビジョンを持ち、どう努力するかで未来は変化していきます。
占いとか予言とか色々なものがありますが、それはその未来の一側面を捉えているだけで、それが全てではありません。
全ては今を生きている私たちの努力の方向性で決まってきます。
例えば、いま現在経済危機に直面しているギリシャ。
ギリシャは、国が崩壊するかもしれないと噂はされていますが、その『未来』は決定事項ではありません。
ギリシャ国民がみんなで立ち上がり問題意識を共有し、『何が良いのか』を自分の良心に従って判断しビジョンを持ち、行動、努力すれば崩壊という未来から、また違う道に進むでしょう。
先日の日記にも書きましたが未来を良い物にする為には、『良心に従った判断』はとても重要です。
国レベル、個人レベル、どんなレベルでも未来は何一つ決まっていません。
沖縄の米軍基地問題もそうでしょう。
東京にも横田基地という米軍基地があります。
大きさは7.2キロ平方メートルです。
実は、普天間基地の4.8キロ平方メートルより大きい基地が東京にもあるのです。
日本国民で東京にも米軍基地があると言う事を認識していない人は結構多いと思います。 
先日、外回り中にちょうど横田基地の横を通ったときに、三重県出身の新入社員は東京に米軍基地があることに驚いていました。
流石に戦闘機などがとぶと轟音が鳴り響きますが、周りにすまれている住人の方たちは目立った行動等もされず共存しています。
普天間の基地移転も、沖縄県外と沖縄の方たちが要望しています。
東京などは地面が見えないほど建物が乱立しているので、東京に移転となると大きな壁が立ちはだかるとは思いますが、どこかまだ土地に余裕がある県などが受け入れてくれる可能性も0ではありません。
未来は何一つ決まっていません。
いま現在、今を生きている私たちが色々なビジョンを持ち、努力していけば、自分の生活、周囲の生活、県、国、世界と影響を与えるようになります。
色々なネガティブな情報がマスメディアなどから氾濫していますが、そういった情報は情報としてとらえけして縛られること無く、良い未来を描いていきたいですね。
未来は何一つ決まっていません。
未来を作っていくのは私たちです。

自分の中の良心に従う

私たちが生活する中で、自分の中の良心に従うことがとても大事です。

何かを判断するとき、何かの行動をする時、いまからやろうと思っている事が、万が一『悪い事』と思えるような事ならば、自分の良心にしたがいやらないほうが良いです。
この世の中の法則の一つに
『種まきの法則』
と言うものがあります。
この法則は、何かというと『自分でまいた種は、かならず自分で刈り取らなければいけない』という物です。
つまり、悪い種をまいたらその悪い種の実、花すべてを自分で刈り取らなければいけないのです。
だからなおさら、何かをするときに自分の中の良心にしたがって行動する必要があるのです。
良い悪いの判断が出来て、悪い事ならばやらないという毅然とした態度、考えが必要です。
世の中には悪いと思いながら、人を騙したりする人がいますが、かならずその報いは自分の身をもって償う必要があります。
逆にいうと、悪い事をして、自ら生きにくくしているのです。
自分のなかの良心に従って行動すれば、すくなくても悪い種はまかずに済みます。
自分がこれから歩む道を、ドロドロの汚い道にするか、色とりどりの花が咲く道にするのかは自分次第です。
私は、自分の良心にしたがい、色とりどりの花が咲く道になるように一生懸命種を蒔いていくのが良いと思います。
良心に従う。
いま一つの朝の祈りが閃きました。
あさおきたらいつもの祈りにプラスして
『今日も私は自分の良心にしたがいよき行動をします。』
この言葉をプラスすると、なんだかいい朝が迎えれそうです♪
但し、朝のお祈りの言葉は自分が感情をこめて言える言葉が良いので自由に自分なりにアレンジしてみてくださいね。
あれ、いつのまにかお祈りの話になったところで、今日はおしまい(終)

怒りの感情をコントロール

私たちが生活していると、ついつい抱いてしまう感情『怒り』

この怒りの感情は日常の中にいたるところに身を潜めています。
私たちにとってこの怒りの感情は、本当に必要なのでしょうか?
私は『怒ったほうが負け』と思っています。
物事を解決する際に、怒りの感情を爆発させ怒るとどうなるか経験したことがある方が多いと思います。
大体の場合、『何も解決しない』です。
そして後味が悪い感情と疲労感だけが残ります。
もし物事が怒りで解決したという経験がある方がいらっしゃるならば、それは相手が妥協したに過ぎず、何も物事が解決していない場合がほとんどです。
怒りを感じている自分はとても制御しにくい存在と言う事は、皆さんご存知だと思います。
では、この怒りの感情をコントロールする方法はなにか無いのかというと、実はあるのです。
それは『冷静に落ち着いて対処する事』です。
怒りとは冷静な対応をすることで、そのこと自体がとても小さな事で解決可能であると言う事が解ります。 怒っている間は絶対に気付かない事に気付きます。
怒ることによって気付けない自分と、落ち着いて対処することにより気付いている自分どちらを選ぶかは自分次第です。
私は断然、落ち着いて対処することを選びます。
怒りは、相手からの自分の評価も下げますし、いつも怒ってばかりいたらだんだん周りから人がいなくなります。
いつも家庭のなかで怒ってばかりいたら、家族はどんどん離れていくでしょう、そしてペットも離れていくでしょう。
そして近所の人も遠ざかり、あそこの家はいつも怒ってばかりいるという評判が立つでしょう。
仕事場でも同じです。
いつも怒ってばかりいれば、『扱いにくい人』というレッテルを貼られるでしょう。
もし自分が相手より上の立場で起こってばかりいたら、その職場は『働き難い』職場になるでしょう。
自分が怒ることで、損をしているばかりか、他人にも迷惑をかけるのです。
怒りの感情を感じた場合、その感情は『自分にとって悪い感情』だということをしっかりと認識し、冷静に対応しましょう。
まず最初に、大きく息を吐くことにより、一気に爆発しそうな怒りを抑制することが出来ます。
呼吸は常に意識することが大事です。
間違っても、怒ったときに息を吸うほうを重視するのはやめましょう 
息を大きく吸い込んで吐いた瞬間にあらぶる一気に怒りが爆発します。
怒ったときは、静かに息を大きく吐きましょう。
そして上手に自分の感情をコントロールしましょう。
それが幸せへの第一歩です。

50億年後、地球が無くなる!?

50億年後に地球がなくなるかも知れないとの事です。

原因は、太陽が『赤色巨星化』し現在の200倍くらいの大きさになり、地球を飲み込む可能性があるということです。
今現在は、太陽は大体地球の100倍くらいの大きさですが、それが膨張し地球の20000倍の大きさになるって想像が出来ない大きさです。
命あるものはいつか滅びるますが、地球も太陽もその例外ではないのですね。
50億年後に、無くなるかも知れない地球。
その事を思うと、ふるさとがなくなるようでちょっと寂しい気持ちになります。
でも、そのときまでは生きていないので影響がないといえば無いのですが・・・。
私たち人間もそうですが、命あるものは必ず滅びるときがやってきます。
限りある命だからこそ、生かされている現在に感謝し大事に過ごしたいですね。

スカイツリー

今日車で移動中にラジオを聴いているとこんな話が聞こえてきました。

『スカイツリーは、日本の鬼門に位置する』
と言う旨の話でした。
国会議事堂は、日本の中核をなす部分ですが、その方向からみてスカイツリーの位置は風水的にあまり良くないとの事でした。
そしてスカイツリーそのものがバベルの塔その物になりうると言う事でした。
偶然この話題をラジオから聞いたのには何か意味があるのだろう思います。
私は、風水もあまり解りませんし、バベルの塔がなんのかも知れません。
ただ、時々スカイツリーを見かけると吐き気に近いような感覚に襲われます。
私の本能的な部分で
『こんなでかい建造物を作って、何をしたいのか? 物質至上主義の象徴のようなものだ』
的な声が聞こえてきます。
なにより変な話ですが、私がスカイツリーを見ると蛇のような物が絡んでいるように見えるのです。
蛇も色々な蛇がいますが、良い蛇の感じではなく悪い蛇の感じがします。
それが吐き気の原因なのかも知れません。
私はとくに大きな建造物が苦手とかそういった類の物は持ち合わせていませんが、どうもスカイツリーとは相性が良くないようであまり見たくない存在です。
建設中はさほど気になる存在でも無かったのですが、今は少しだめっぽいです。
なにか蛇を象徴するようなものがスカイツリーにはあるのですかね?
神社などの建物には、龍の彫り物などがしてありそれが気を発していたりします。
スカイツリー程の大きな存在は、ある意味神社のような存在で多くの人が神社的にいうと参拝する形になります。
そこに建物に蛇などを思わせるような物があれば、それは気を発する存在になります。 
気には色々な性質があり、よく神社をお参りする方なら解ると思いますが、各神社それぞれに色々な気があります。
大きな神社になると、同じ神社の中でもいろいろな場所で多種多様の気を発していたりします。
いま現在スカイツリー様が発している気が、どうも私との相性は良くないようです。
そんな事を思っていた矢先に、ラジオからスカイツリーは風水的によくない、現代のバベルの塔だという話が流れてきて妙なシンクロを感じる日でありました。
男は大きさに拘りますが、なぜあんなに大きな建造物が必要だったのか、それは単なる一部の人の自己顕示欲の塊ではないのか、技術が進み大きな建物が建てれると言う事は解りましたが、これからの時代、必要な物を必要なだけ頂く時代になると思います。
昨今の世界情勢や日本の電力問題などを通して見える物は、やはり消費社会からの脱却を示唆されているように感じます。
必要な物を必要なだけ頂く。
物を無駄にしない。
そして心を大事にしていく。
それが今の社会にとって大事な事だと思います。
スカイツリーは上に上げた三つの物を何一つ兼ね備えておらず、1900年代思考の最後の主張に思えてなりません。
スカイツリーしばらく見てればなれるかなぁ~
写真は2010年の建設中にとったもの、このときは蛇は感じなかった。
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