器の大きさ

人には器の大きさがある。 言葉としても『器が小さい』という日本語が昔からある。 少し考えてみよう。

器の大きい小さいを考えた場合、大きい方が良いに決まっている。 でもどれくらい大きければよいのだろう。

例えば、コップの中に水が入っていて、そのコップに入る最大の大きさの氷を入れたらそのコップのなかはどうなるだろうか?

きっとこうだろう。 元々コップの中に入っていた水はこぼれ、残った水は凍りに冷やされ冷たくなる。

これが少し大きな水槽だったらどうだろう。 おなじ大きさの氷を入れてみても水は凍りの分こぼれるかも知れない。 でも水槽の中の水温はそんなに変わらないだろう。

また、これがプールだったらどうだろう。 同じ大きさの氷を入れてみても水がこぼれたのが解るだろうか。 そしてプールの中の水温は変わるだろうか。

そして最後に、これが海だったらどうだろう。 コップに入れた大きさの氷を海に入れてみたら何かが変わるだろうか。 きっとその変化を感じるのはとても難しい。

つまり、器の大きい人ほど、周りに左右されないという事。 最近話題になった、車のあおり運転のドライバは、きっとコップの大きさしか人間の器が無いのだろう。 氷が入ったらたちまち中の水は溢れ、氷の温度で理性が吹っ飛び『怒り』に任せて行動してしまう。

これじゃ、ちょっと器が小さすぎるとおもいませんか。

器が大きいほど、他から影響されにくく自分を持ち続ける事が出来るのです。 器が大きい人間になりたいですよ

せめて水槽の大きさ位の器があったら、『あっ、いけないいけない』と自制心が働くと思います。

器は大きく持ちたいですね。

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