自己否定。
これは人間に与えられた怖れの一つである。
私達は、ある通過点を通るまで
『自分に価値はないのではないかと』
思い悩む事がある。
これは、ほぼ全ての人が通る道。
あなたのそばにいる人、あなたが逢う人、ほぼ全ての人が一度は通過した道かもしれない。
『なんの為に生きている』
私もそんな事を思った事がある1人である。
『何かをしなければ』 『このまま何があるのだろう』 『夢や希望とはなんだろう』
私には価値が無い・・・。
そう思った事。 そう悩んだ。
この世から消えていなくなりたい。
『何のために産まれた』
そう思った事がある。
私も自己否定の道を通った。 通り過ぎた。
存在する意義。 そんな事は私には解らなかった。
ただ、存在すると言うことその事実は変えようが無い。 存在する事自体が意味がある事なのだと気付いた。
存在する価値が無ければ、きっと初めから存在しないだろう。 それは存在する必要が無いからだ。
存在する事、事体に意味がある。
そしてあなたが表現しなければいけない物がある。
それはあなたがもつ愛をこの世界に表現する事。
もしあなたが死ぬまでに、道端のごみを拾いきちっと捨てたのならば、それだけで十分役に立ったといえよう。
あなたが電車で席を譲った事があるならば、それは十分役に立ったといえよう。
あなたが困っている人に、そっと手を差し伸べた事があるのならば、それは十分に役に立ったといえよう。
あなたが友達が悩んでいるときに、一緒に考え、悲しみ、一緒に泣いたことがあるのならば、それは十分に役に立ったといえよう。
あなたもし花にお水をあげた事があるのならば、その花は喜んだ事でしょう。
それは十分に役に立ちました。
あなたが存在する。
それだけで十分に役に立っている。 あなたは必要な人。
そう必要な人なんです。
あなたがこの文章を読んでくれた、それだけであなたは私にそっと愛情を注いでくれたのでしょう。
ありがとう。
あなたがこの世の中に存在した奇跡に感謝致します。