苦労の経験値

人生を歩む中で避けて通れない『苦労』。

 

出来れば避けたいけど、避けれない。

では、なぜ色々苦労することが多いのでしょうか。

 

それは『成長の為』なのです。

 

私たちは色々な経験を通して成長するために産まれてきました。

とある説による『産まれる前から、今生で経験をする項目を自分で決め産まれて来る』と言う事です。

 

自分でなぜわざわざ苦労することを決めて、産まれてくるのでしょう。

 

それは『無償の愛』を理解し、それを発揮するというのが一つの目的だと言う事です。

 

人生で多くの苦労をすれば、苦労している『他人の気持ち』が解る様になります。 そして優しい声をかけたり勇気付けたり、自分の事として理解し対応出来るようになります。

 

すべては自分が同じような苦労をしたからこそ、相手の気持ちが解る様になるのです。

 

人の気持ちがいまいちよく解らない、人のことなんてどうでもいい。 と言う人がもしいれば、まだまだ成長の途中ということなので、これからどんどん苦労を通して学んでいけば良いだけです。

 

また苦労することにより『喜び』を知る事とも出来ます。

苦労の末、成し遂げた。 それは喜びにつながります。

 

またどん底を経験した人は、喜びのレベルが下がり、何にでも喜び(愛)を見出すことが出来るようになります。

 

それが『苦労という経験の本質』なのかもしれません。

 

人生『なるようにしかならない』

 

だから精一杯、歩みを進めればいい。

だって自分で決めてきた道なのですから、安心して苦労すればいい。

 

経験する必要がある事なのですから、どうぞ投げ捨てずに1mmずつでも進めばいいのではないでしょうか。

 

 

 

物質主義から次の段階へ

物質主義に偏ると大事なものを見落としてしまうことがあります。

 

『お金がたくさんほしい』『ブランド物の服がほしい』 など物質にしか価値が見出せなくなってしまう事があります。

 

もうご存知だと思いますが『お金』は手段です。

お金は物を買ったり売ったりする時に、共通の価値を共有するための流通の手段です。 大昔は、それが『石』だったりしたこともありますし、物々交換なんて時代もありました。

 

でも毎回、物々交換ではなかなかお互いの需要が合わず、欲しい物を手に入れることが困難な場合もありました。 またそれらを持っていく煩わしさもありました。

 

現代では、それが『金属』や『紙』になり、さらには『電子情報』になりました。 ただこれは『みんながその価値を共有しているだけ』の物です。

 

これがお金の正体です。

 

それが時々、『手段であるお金が目的』となる場合があります。

『お金が欲しい』という欲求です。 ほとんどの人が『手段が欲しい』とは思わず『お金が欲しい』と思うのです。  そして『お金があれば幸せだ』という価値観を持つ人もいます。

 

別に、お金が大好きな事は悪いことではありません。 が、『目的』になりすぎると、例えばお金がなくなった場合、その人はどうなるでしょうか?

 

きっと幸せを感じられなくなったり、焦ったり、世界が真っ暗になってしまうかも知れません。

 

順調にいっていた事が突然、駄目になりお金を失うなんて事は誰にでもあることです。 絶望を感じたときに、『お金だけに価値』を見出していた人は立ち直れなくなってしまうかも知れません。

 

お金で例えましたが、これが物質主義の落とし穴なのです。

これが国に発展すると、戦争が起こったりすることもあります。 『あっちの国には石油が出るぞ』、『鉄が出るぞ』、『ここはわが国の領土だ』、など、物質主義的な価値観から来る『判断』で争いが起こったりします。

 

この罠から抜け出すためには、少しだけ『物質主義』の色合いを薄める必要があります。 何事も『バランス』です。 物質主義に偏ったら精神性をそこに入れていけばよいのです。

 

お金が好きならば、『それが当たり前』ではなく、『お金さん、私のところに来てくれて有難う。 大事に使うね』とか、神棚に入ってきたお金を供えるとか、お金に対して『感謝の心』を持つようにすればいいのです。

 

使う時も『ありがとう』と感謝しながら使えばいいのです。 そうすればお金との関係が改善されます。

 

また子供との関係も少なからず居る『所有物』として自分の思うとおりにしようとしている親もそうです。

 

子供は『物』でも『所有物』でもありません。 子供は『一つの個性』であるのです。 子育ては『ボランティア』です。 無償の愛で包み、導き、共に成長していくのです。 ボランティアをしながら自分も成長できるなんて、なんて素晴らしいことでしょうね。 時には忍耐ももちろん必要です。 感情の爆発は『怠慢』です。 あくまでも関係性はイーブンです。 魂のレベルでは、子供の方がより高い領域の場合もありますからね。 子育てをしていると思っていたら、自分が育てられていたなんて事もあります。

ここでも物質主義に陥らない事が大事です。

 

もちろん恋愛もそう。

『高学歴』『高収入』だから選ぶ。 これはまさに物質主義で人を見ていません。  いまは『高収入』だけど突然リストラされたり、事故にあったり、何が起こるか解りません。

 

そこで大事になるのは『精神性』

『この人とならどんな困難も共に歩んでいける』という気持ちがあるかないかです。 貧乏になるかも知れません。 幾ら働いても収入が増えないかも知れません。

 

でも、そこに『お互い共に歩んでいこう』という精神があれば、恋愛、結婚はうまくいきます。 そして大事なのは結婚をしても『家族はお客様とおもえ』の精神です。 決して所有物ではありません。 一期一会の精神性をもてば、どんな状況でもうまくいくようになります。

 

物質主義は『所有欲』の主義。

なんでも『持ちたい』という意識の現われです。 これだけだと、世の中はギクシャクしたり生きにくい。

 

『所有欲』ばかりではなくそこに『感謝の心』を持つようになれば、世の中には幸せがいくつも転がっている事に気付くようになります。

 

今回の記事のタイトルは『物質主義の罠』にしようか今回のタイトルにしようかその他色々考えてみましたが、おっさんの思考の限界に達し、すこし違うニュアンスですがこのタイトルとしてみました。

 

 

あっ!

最近、偏頭痛の時期に入ってしまって生きている心地がしません。

 

偏頭痛持ちの人しか解らない特権です!! ←おぃ、特権ではないだろう。 と自己突っ込み!

 

頭痛でがんがんする頭で考えることは、結構大変。 いまもこの日記を書いていて何を書いていいのかまとまらない。 ←日記だったのです。

 

頭のなかに浮かんでは離れていくイメージを上手にピックアップすることが出来ない。 頭痛の影響は大きいのです。

 

そんななか『あっ!』という単語にビビット来ちゃいました!

 

日ごろの生活で『あっ!』って思うときありますよね。 なんだか解らないけど『心の衝動』のような感覚。 これって自分の体内のセンサーが何かを感知した合図なんだと思うのです。

 

例えば、道端に綺麗なお花を見つけたとき『あっ! きれい』って思うときがありますよね。 きれいと言えばあなたも綺麗ですよ♪ ←どさくさに紛れて何を言っているのか・・・。 全て頭痛のせいです。 ←そういうことにして置いてください。

 

話を戻して、お花の綺麗さに心が感動したときに『あっ!』と言う勘定・・・。 ←感情が出てくると思います。

 

この『あっ!』って、心が揺れ動きましたよ。という合図の感情なんです。 きっとそうさ。 そうであるはず。 いや違うかも知れない。 ←私の思考がバラバラです。

 

さておき、なにを言いたいのかというと『あっ!』って言う、自分の心の中の声に耳を傾けると、以外に充実した時間を過ごせると言うことです。

 

はぁ、頭痛いのにおれ頑張った。

 

おしまい。

またねー(^^)

流れに乗る

人生には色々な流れが流れています。

 

悪い流れと良い流れ。

いまどっちの流れに乗っていますか?

 

もし悪い流れに乗っていると思ったのなら、降りればいいだけです。

良い流れに乗っていると思ったら、そのまま乗っていけば良いだけです。

 

いまよく解らない、流れに乗りたいと思っているならば、自分のワクワク・ドキドキを感じる自分のセンサの感度を上げるだけで感知力があがります。

 

まずは『いつも流れが流れている』と言うことに気付くことです。 いま現在も色々な流れが自分のそばを流れています。

 

その流れは様々ですが、選ぶのは自分次第。

自由に選んでいいのです。 ワクワク・ドキドキセンサをフル活用して、良い流れに乗ってくださいね。

高く

あなたの視点から見えるものが、あなたの世界を決めている。

 

もしあなたの視点が低かったら、小さなトラブル、小さな悩みを沢山見つけるだろう。

 

もしあなたの視点が高かったら、希望ややる気がみなぎっているだろう。

 

たった視点が違うだけで世界が変わる。

あなたがもし視点を高くもち、意識を高く持つことを望み努力をすれば、少しずつ見えるものが変わってくるでしょう。

 

そしてあなたの精神も変わっていくでしょう。

今に希望を持ち、今を大事にしていくでしょう。 今の繋がりが未来なのです。

 

あなたに力がみなぎった時に、あなたが進むべき道を歩み始めるでしょう。 あなたは気付くはずです。

 

まずはあなたの視点がどの高さなのか自分自身で知る必要があります。 もし夢や希望、生きがい、張り合いがあなたの中に満ちてなくても遅くはありません。

 

今か視点を高く保てば良いだけです。